奴隷制の広がり

アメリカ奴隷制の広がり(18世紀)

アメリカは、最初はキューバで奴隷を購入(?)していたようだ。まぁ、どこからであれ、奴隷を購入して南部のプランターへ売るのは北部の貿易商。北部貿易商から南部プランターへの奴隷売買の図式はこのころから存在していた模様。そして、黒人奴隷の数は1710~20年代で6~8万人だったのが、1790年代にはその10倍くらいにふくれあがった。その90%程が南部に集中していたという。

奴隷制の広がり

ただ、このころ黒人奴隷を広めていったのは北部といえるかもしれない。
その理由のひとつは、ビジネス方法。北部の冬は寒くて長いからできる仕事は限られていて、それほど多くの労働力を確保する必要が無い。白人の労働者で十分機能する。

・・・ということは、奴隷がいても持て余してしまう。このことから、北部の黒人奴隷は南部に比べては酷使されることはなかった代わりに、南部で売れる「商品」として扱われることになってしまう。北部のビジネスとしては、黒人奴隷を「労働力」として使うより、南部へ売る為の「商品」として扱うほうが理にかなっていたということだろう。南部では、黒人奴隷はプランテーションの労働力として必要不可欠な存在・・・南部奴隷の中でも一番酷使されるのが農業労働者で、より多くの収穫を上げ利益を得るためには、そのニーズがさらに高まった時代だからだ。

もう一つの理由は、奴隷制度を先に合法化したのは、実は北部の方だったということ(1641 年マサチューセッツが最初)。奴隷制度をビジネスにするためには、奴隷制度自体を合法化せずにはムリだからなのだろう。それに加えて、北部には貿易船や奴隷船がつく港があったから、奴隷貿易の中心になりやすかったと考えられるだろう。

2008年4月初回掲載


RELATED POSTS

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です