mama - dementia

コロナ禍、認知症のママに思う Thought under COVID-19

先週末はママの78歳の誕生日だった。
新型コロナの影響で、特養に入っているママとは、今年(2020年)2月から会うことができてない。

It was my mom’s birthday last weekend.
I’ve not been able to see my mom (staying at nursing home) since February due to the corona situation. She has dementia, badly.

身体は健康でも、介護度5の認知症(身体は健康)。会えてた時も、私が娘であるとぼんやりわかっていても、名前はもう出てこない状態だった。きっと次に会っても、もう娘であることすら忘れてると思う。まぁ、これが現実。

She’s been forgetting my name already at that time but she could at least recognize me as her daughter. Now, I guess, she can’t remember me any more next time we meet. It’s tough, but it is true.



オンライン面会ができたとしても、機嫌がいい時なら顔は見れるだろうけれど、なんせあまり言葉を発することがあっても会話のキャッチボールが難しいから。そばでゆっくり話したら、面白かったら笑ってなんかモグモグ言うんだけれど。介護士の方々にも迷惑かけたくないし、任せてるんだから、お任せしておこうと思ってる。

mama - dementia

私を娘とわからない状態になっても私自身は平気なんだけれど(受け入れるしかしかたがないからね)、ママ自身の感情ってどうなんだろう・・・なんてついつい考えてしまう。

子だから言えるけれど、2019年早々、脳血栓で突然亡くなった父が今生きていたら、このコロナの中では大変だっただろうな。終わりが見えないコロナ禍が続く中で生きることは、死ぬことよりつらかったかもしれない。ママの面倒を見ながらの最後の1年は、ほんと辛そうだったから。。。父は、認知症で思う通り意思疎通できないママに対して怒ることも多かったけれど(もともと亭主関白)、宿泊させて会えないことや一人でご飯を食べることが、父にとって本当に辛かっただろう。3~4泊ショートステイさせてるだけでも、さみしそうだったもん。週一回は私と会ってたし、電話で話しててもね。

親が認知症になったら、受け入れるしかない。
一つ言えることは、冷たいかもしれないけれど、プロに任せられることは任せて、自分自身が幸せに生きながら、できることをすることが大切だと思う。

でも、自分の親に対してだから思えるのかも。自分の旦那がそうなったとき、私は受け入れられるんだろうか。

自分自身がそうなったとき、私はどうなるんだろうか。。。

写真は2019年4月。まだママとの会話が成り立つ時のもの。施設の近くで、私達家族に馴染みのある大和川の河川敷へ散歩に連れ出すことができた時のもの。ママが「母と娘」と分かって、私と二人で楽しい会話しながらの外出は、恐らくこれが最後になるんじゃないかな。ママが私のこと誰だかわからなくても、私はどうってことない。私のママであることにかわりないから。

I took this photo around April in 2019 when we went for a walk along the river near the nursing home.
I think this will be our last walk together as a mom and a daughter.

Even though you cannot recognize me, whoever I am for you, ain’t no big deal – you are my mom and you will be.

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